2017年8月

悲しみの聖母 (2)

 

主任司祭 矢野 𠮷

箕面教会は、“七つの悲しみの聖母”に捧げられた教会であることを前回申し上げました

 ある方から、七つの悲しみとは何かとご質問を頂きましたので、ご存知の方もおられるとは思いますが今回はそのことについてお話しをします。

 

“悲しみの聖母”についての信心は、13世紀にイタリアのフィレンツェで創立された聖母のしもべ修道会から始まり、ヨーロッパに広がり、日本にはキリシタン時代に伝わりました。阪急中津駅の近くにある南蛮文化館には、この時代にイタリアで描かれた“悲しみの聖母”の絵が二つ保存され展示されています。それはとても美しいものです。江戸時代に鎖国の禁を破って日本に宣教にやって来てすぐに捕えられた、J・Bシドッチ神父も“悲しみの聖母”のご絵を持って来ており、その絵は東京国立博物館で保存、展示されています。そのレプリカは東京教区碑文谷教会の聖堂に安置されています。(シドッチ神父については『カトリック教会情報ハンドブック2017』のP28以下に詳しく述べられています)

 

聖母のしもべ修道会が広めた聖母の七つの悲しみは次の通りです。

 1.シメオンの預言(ルカ2・22-35)

 2.エジプト避難(マタイ2・13-15)

 3.イエスの行方不明(ルカ2・41-52)

 4.十字架の道においてのイエスとの出会い(教会の伝承)

 5.イエスのご死去とその十字架のもとにたたずむ(ヨハネ19・25-30)

 6.イエス十字架より降ろされ、そのなきがらを抱く(教会の伝承、ピエタ)

 7.イエスの埋葬(ヨハネ19・38-42)

 

 この七つが聖母の七つの悲しみと伝えられロザリオや道行も作られましたが、聖母の悲しみは現代社会にある多くの人々の悲しみや涙いっぱいの出来事と深くつながっているとの考えから、カトリック教会は七つに限定せず、現在の典礼では“悲しみの聖母”という呼び方で記念します。

 次回はこのことを考えてみます。


2017年4月

悲しみの聖母 

主任司祭 矢野 𠮷

箕面教会の聖堂を入ってすぐ左側に、聖母マリアのご絵が掲げられています。そのご絵の名は“悲しみの聖母”といい別名“親指のサンタ・マリア”とも。箕面教会の信徒の方が描き奉納して下さいました。

数歩下がって少し右の方から拝するのが良いようです。この絵が奉納された時、私はとても嬉しく思いました。箕面教会は桜ケ丘に聖堂が献堂された時(1953年)“七つの悲しみの聖母”に捧げられ、一時期“慈悲の聖母”名称が変わった時もあったようですが、カトリック中央協議会発行の『カトリック教会情報ハンドブック』によると箕面教会は、“七つの悲しみの聖母”に捧げられた教会になっています。(P.189)ただ箕面教会にはその名称にふさわしいマリア様の姿がありませんでした。悲しみの聖母のご絵を聖堂にほしいと箕面教会に赴任した時から思っていました。

 箕面教会を創立された、フランシスコ会サクソニア管区(ドイツ)の司祭方がどのような思いで教会名にこの名称をつけられたのかは定かではありませんが、私たちの教会がこのお名前を頂いていることは、北摂・箕面の地での宣教・司牧を考えてゆく上でとても意味の深いことと思われてなりません。同じ敗戦国のドイツ人として戦後間もなくこの箕面の地で宣教して下さった司祭方の熱い思いはこの“悲しみの聖母”の名に託されていると思います。その宣教師方の思いをしのびながら、未来に向けて箕面教会の宣教・司牧を考えてゆきたいと思います。

(以下 つづく。)    


2017年2月

返せないほどの祈りと犠牲に支えられて

~司祭叙階という恵み~     

 

司祭 豊田 貴範

 司祭職への召命は、聖堂における奉仕から聖体への奉仕へと続くものと神学校で学びました。2年の哲学科を終えると、認定式によって正式に大阪教区の神学生と認定され、年ごとに朗読奉仕者、祭壇奉仕者と選任されます。この選任によって、候補者は、みことばへの奉仕、祭壇への奉仕を通して聖職にあずかる準備をしていきます。そして、助祭叙階によって聖職者としての一歩を踏み出し、先のみことばへの奉仕よりも一歩進んだ福音への奉仕と愛の務めに専念することが求められます。

 

「叙階」という言葉が「人の上に‘上る’のではなく、仕えるために一歩降ること」とも学びました。

 

司祭職は自分がなりたいという思いだけでなれるものではありません。司祭職への召命の歩みの中で大切なのが、神の招きと同時に共同体からの選びと祈りといわれます。本人の自由な同意はもちろん大切なのですが、それは先の二つの大切な要因に比べると確認作業のような印象さえあります。

 

以上のことを考えると、聖職者とは、ある人とキリストとの出会いの間で奉仕する黒子のような存在だとわたしは捉えています。黒子になる歩みは、自分の人間的な限界のうちに回心し続ける一生涯の歩みと心得ています。

 

司祭叙階の恵みにあずかるにあたり、神学校に通って以降、多くの方々の祈りと犠牲と奉仕によって、取るに足りない自分が支えられてきたという事実に、私は戸惑いを隠せません。頂いたから返礼するといったような簡単なものでなく、大きすぎて返せないものだからです。

 

これまでの至らぬ私の歩みに、聖なる三位の神様と特に箕面教会共同体の皆様に深く感謝し、同時にこれからの歩みに対して、働く全ての司祭のために祈りによって支えて下さるようお願い申し上げます。司祭職は、悪の勢力と時代に翻弄されながら、道なき道を、荒れ野を歩む旅路に似ると思うためです。


2017年2月

 

ユスト高山右近列福に寄せて

  主任司祭 矢 野 𠮷 久

 日本のカトリック信者の念願であったユスト高山右近が福者に列せられ“福者ユスト高山右近”として祭壇で公に記念し祝うことが出来るようになりました。私たち日本のカトリック信者にとって大きな喜びであります。

高山右近については、これまで幾つかの小冊子で出されており、とりわけ昨年皆様にお配りした『右近と歩む祈りの旅』(日本カトリック司教協議会列聖推進委員会)は右近の人となり、生涯、信仰について大変よくまとめられています。ご再読をおすすめします。

 また、今年の大阪カトリック時報月号に、前田大司教様の年頭書簡である『新生の日メッセージ』に―いつくしみを右近に倣い再新生―として右近から何を学ぶかを分かりやすく書いて下さっています。是非お読みください。大司教様はこのメッセージの中で右近のことを、「祈りの人、慈悲の人、寄り添いの人、宣教の人」と言っておられます。この四つのことは、右近の生きた400年前の時間を越え21世紀を生きる私たちカトリック信者も決して忘れてはならない大切な事柄ではないでしょうか。大司教様は言われます。右近に倣って「祈りかつ働くいつくしみの福音宣教を!」と。2018年は大阪教区再宣教150周年に当ります。右近の列福をお祭りさわぎのイベントに終らせるのではなく、大司教様の呼びかけに応え、右近からその信仰を学びつつ今を生き、福音宣教の歩みをしっかりと進んでゆきましょう。

 福音宣教とは、信者の数を増やすことが第一の目的ではありません、勿論それもおろそかにして良いのではありませんが、何よりも私たちカトリック信者が、社会の真只中でパン種となって社会の福音化のために努めることであります。すなわち、主イエス・キリストの教えられた、愛すること(大切にすること)、ゆるすこと、分かち合うことを生き伝えてゆくことではないでしょうか。そのために先ず聖書を読み、祈り、右近をはじめ信仰の先輩方から学んでゆくのです。

 

福者と聖人の違い

詳しいことを述べると長くなりますので簡単に申します。

 列福され福者と呼ばれる人は、その人ゆかりの地域(高山右近の場合、日本やフィリピンの教会)や修道会で記念し祝います。    

 列聖され聖人と呼ばれるようになると全世界で記念され祝われます。

 

 尚、ご像やご絵で頭に光輪を描くのは福者からとなっています


2016年12月

 

アンジェラスの鐘

主任司祭 矢 野 𠮷 久

箕面教会には鐘があります。この鐘のことを“アンジェラスの鐘”と言います。

毎晩6時に鐘が鳴りだすと、近所の犬たちが一斉にワンワンと鳴き始め、鐘が鳴り終るとピタッと鳴き終ります。鐘と一緒に“お告げの祈り”をしているのか、鐘に賛成しているのかはたまた反対しているのか・・・。これが365日毎日で、とにかく賑やかで楽しいことです。

箕面教会の鐘については『かしの木』の11月号に詳しくしるされているので省きますが、カトリック教会が鐘を鳴らして“お告げの祈り”をするようになったことについて少しお話をします。

「始めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」ヨハネ1.1,14(新共同訳)「初めにあったのは、神さまの思いだった。思いは神さまの胸にあった。その思いこそ神さまそのもの」「神さまの思いが、こうして人の体をまとって、われらが間に住いしなさった」(山浦玄嗣訳)

“神が人となった”このことを“受肉の神秘”といいます。古い表現では“ご託身の奥義”と言いました。よくよく考えるとこれはとてつもない出来事です。人間の方に神が近づき降りに降りてこられ、私たちと同じ人となられたのです。神さまがご自分の思いを人に伝えるためです。愛すること、ゆるすこと、分かち合うこと。そして本当に仕合せになってほしいと。

この“受肉の神秘”を人々に思い起こさせるために、13世紀に聖ボナベントゥラというフランシスコ会士が毎晩鐘を鳴らしアヴェ・マリアの祈りを唱えたのがはじまりです。やがてこの習慣は全世界に広がりお告げの祈りとして信者の中に定着してゆきました。

待降節は、神が人となられた出来事を静かに思いめぐらしそのご誕生を準備します。そしてご降誕祭でその喜びを大きく大きくお祝いし、降誕節の間その喜びを記念します。

箕面教会の近隣には殆ど信者は居ませんが、しかし、毎晩鐘を鳴らしてキリストを知らない人々にキリストを伝えているのです。キリストの教会ここに在りと、福音を伝える役割を担って。

今の処、犬たちだけが応えてくれています。

(※ アンジェラス。お告げの祈りの冒頭がラテン語のAngelus Domini で始まることによります)