ミ サ  日曜日    7:00 / 9:00

   月、火、水、木、土曜日 6:30

   金曜日 10:00 

 

ご復活おめでとうございます

 

5月1日(火)のミサはありません。

   

聖週間と復活祭のミサ

聖母の被昇天

降誕祭と新年のミサ

 

教会は、いつでも、すべての人に開かれています。

教会は、すべての人のための「神の家」です。この家は、どの民族の人にも、どの国籍の人にも開かれています。

洗礼を受けている人にも、受けていない人にも開かれています。

どうぞ、初めての方もご遠慮なくお越しください。



四葉のクローバーの画像

お知らせ



★ 4月の行事予定を更新しました。

 

★ 「街角カフェ・ほっこり月20日(金)開店

 

★  月20日 聖霊降臨の日 9時のミサで「初聖体式」が行われます。

十字架

キリスト教入門講座

毎月第1と第3日曜日 9時のミサ後

 キリスト教入信を考えておられる未洗者の方を対象に入門講座を行なっています。詳しくは矢野神父にお尋ねください。

 できるだけご希望に沿う形で行いますので、日程などご希望は遠慮なくご相談ください。

今年6月に初聖体を受ける子どもの勉強は、2月より始めますので、希望する子ども(小学校1年生以上)はお申し出ください。

青少年委員会



広報紙「かしの木」巻頭言



 聖土曜日の十字架

 

主任司祭 矢野 𠮷

皆さんは聖土曜日の聖堂をご存知でしょうか。この日ミサはなく、祭壇上に磔刑の十字架がぽつんと置いてあるだけで、花もローソクも一切の飾りがありません。シンプルそのものです。私はその十字架の前で座っている時間がとても好きです。そしていくつかの言葉を思いめぐらしています。

「君はDÉSERTION(デゼルシオン)という言葉を知っているだろうか。ある人の周囲から親しい人、親しそうに見えた人、味方、味方らしくしていた人が困難な事情に遭遇すると次々に、いつとはなく立ち去ってゆくことである」森有正(『流れのほとりにて』筑摩書房)イエスの孤独を深く想います。そして人間の現実を。

クロネコヤマトの創業者の小倉昌男さんは生前ご家族に「イエスがみんなの罪を救うために十字架にかかってくれたんだから」と口ぐせのように言っておられたとのことです。(『小倉昌男祈りと経営』森 健 小学館)十字架のイエスを見つめたその視点は必ず弱いものに、強いものにはいかなかった。晩年会社を退かれた後、福祉財団を作られ奉仕なさったそうです。自分も弱きものという自覚を持っておられたのでしょう。

15歳で進行性筋ジストロフィ症で亡くなった北原敏直君はこんな詩を残しています。


ぼくがクリスマスの 詩をかくのは

キリストが十字架に かかったことが

あまりにもぼくたちに 関係ありそうな 気がするからだ

病気という十字架を せおわされたぼくたちに

どう生きたらいいかを おしえてくれる

そうなんだ

ぼくがクリスマスの 詩をかくのは・・・・

 

短い生涯を覚悟して一日一日を生きていゆく少年のあまりにも切実で鮮烈な心の有り処、十字架刑のむごさと苦しみを自分の出来事としている者のみが、つむげる言葉とこの詩を評した方がおられます。

なんの飾りもない聖土曜日の十字架です。しかしその十字架から強烈なメッセージを頂くのです。

キリストは死んだ、しかし人間というものは死によって終るのではない、死を超えて生きる存在であると十字架を教えます。

死を通して、死に打ち勝ってキリストは復活した。よみがえった。十字架の先にある出来事をしっかりと心の目で見つめてゆきましょう!  復活節はそのためにあるのです。